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zoom RSS 筑前国続風土記の滝

<<   作成日時 : 2017/07/18 10:15   >>

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筑前国続風土記の巻之二には「瀑布」の項があり、筑前国の滝が紹介されています。
これは中村学園大学の貝原益軒アーカイブで見る事ができます。

ここで紹介されている滝を本文に従って今の滝と同定してみましょう。
本文に「同郡」と書かれている所は郡名に書き換えています。また紹介文の前に番号を記していますが、これは本文には無く追加文章と区別するために記したものです。また( )は同書に振り仮名が書かれているものです。
漢字は出来るだけ本書に従っていますが、PCで変換できないものは今の漢字を使っています。(例:アユを指していると思われる字は「鮎」としています。)
文字の色が変わった所をクリックすると、滝を紹介した私のブログを見る事ができます。


〇瀑布 凡二十五所

1.西畑 那珂郡西畑村。高二間許。下に小淵有。
西畑の滝と言えば竜王ヶ滝ですが、巻之六の西畑村の項で「此村より別所まで十餘町あり。其間は山あひの谷なり、清流激湍多しておもしろき佳景なり。就中鮎回とて高二間許の瀧あり。」と有りますので西畑から別所の間に有る滝を指していると思われますが、今現在ではこの間に滝は有りません。

2.不入道 那珂郡不入道村。高五間許。
これは不入道御滝でしょう。同書では「叉此村の境内に瀧あり。水流五間ばかりあり。いとめづらしき好観なり。」と紹介されています。

3.鳴瀧 那珂郡鳴瀧村。
同書の鳴瀧村の項では「此村に瀧ある故に鳴滝と伝、後に誤て成竹と書けり。村上に高山有、かがめき山と云。」と有ります。このかがめき山は現在の成竹山ではないかと思われます。鳴瀧はどこかと考えると現在の光明が滝と思われますが、村の名前となるような場所に有った考えると、今は堰堤になっている所に滝が有ったのではないかととも考えられます。

4.一瀬(いちのせ) 那珂郡一瀬村から五箇山に行谷中。嶮難の所に在。
これは鮎返滝でしょう。
同書の一瀬村の項では「又山をこえずして川にさかのぼりゆけば、西不動石とてあり。其岩の高さ十一二間もあるべし、奇岩なり。此所をからたきといふ。是より四十間許川上に瀧あり。四間餘、水のながれ常に絶えず、沫(あは)の散する事雪のふるがごとし。鮎返(あゆかへ)りという。」とありますので、今よりも落差が大きな滝だったのではないかと思われます。

5.兒落 那珂郡小河内村。高二間許。下に深淵あり。
これは稚児落しの滝 でしょう。
同書の五箇山の項では「東小河内の少下に兒おとしとて深き淵あり。淵の上に二間ばかりなる瀧あり。むかし此邊の山寺の兒瘧(おこり)をわずらひけるに、驚かしておどさんとて、此淵の上なる大なる椎木(しゐき)に兒をのぼせ、縄にてからげ付けるに、取落して彼兒水に溺て死せり、故に兒落しと云。」と書かれています。今伝わっている滝の名前の由来と違っていますが、文章をよく読んでみると滝の名前ではなく淵の名前の由来を書いているようです。

6.西油山 早良郡西油山、観音堂の上。小瀧也。
西油山近くに有る滝と言えば、徳栄寺にある妙見滝と梅林にある梅林の滝ですが、西油山とすれば妙見滝と思われます。ただこの二滝は滝行の為の滝です。「観音堂の上」と言う所だけで見ると、油山観音の上に有る光ヶ瀧が有りますが、こちらは東油山です。さてどの滝を指しているのでしょうか?

7.火亂 早良郡石竈村。高六間許。國中第一好瀧也。
石竈は今の石釜でしょう。最初は坊主ヶ滝と思っていましたが、花乱の滝を指しているようです。
原文では「火乱」と書かれています。
この滝については本書でも詳しく紹介されていますので、私なりに解釈した現代語で転記してみましょう。ここで出てくる滝の名前は本書の記載漢字を使い( )書きで現在の滝の名前が確定できるものは記載していきます。
「石釜村の境の内側にあります。下石釜より半里奥に有り、石釜の山奥になります。板場(飯場の間違い?原文では飯場と書かれています。)から流れている川では無く、南側の山から流れる別の谷ですが、滝の水はやや多いと言えます。大岩の上から流れ落ちています。中ほどの縁に岩角が有りこれに当たって水は激しく落ちています。滝の高さは六間(約11m)あまりです。その景観は誠に佳きものです。この滝を他国の滝と比べると、紀州の那智(那智の滝)、摂津の箕面(箕面滝)、布引(布引の滝)、大和(奈良県)の龍門(龍門の滝)、蜻螟(せいめい)が瀧(蜻蛉の滝)、桃生の瀧(桃尾の滝?)は勝りますが、上方にあって遠いので、ここでは比べようもないので置いておきましょう。近くの国には肥前小城郡清水の瀧(清水の滝)、松浦郡伊岐佐の瀧(見帰りの滝)、肥後の半田の瀧(はん田滝)、豊後の龍門の瀧(龍門の滝)、豊前の菅王子(すがを)の瀧(菅生の滝)、上野(あがの)の瀧(白糸の滝)などこそ勝れる滝と言えましょう。半田、龍門、清水は大滝でありますので、花乱の滝と比べるのは難しいでしょう。菅王子は高いと言えますが人が立ち入れないような所に在り、上野の瀧は遠くて見えません。と言うことは観賞の価値が無いと思われます。この国(筑前国)に滝は沢山ありますが、この花乱の滝に及ぶものはありません。里人の伝えでは、昔、火亂(からん)という山伏がいて、剣術に優れ妖術も使えたのはこの滝に打たれて修行をしたからとの事で、これから名前が付けられたとの事です。
ここで問題は滝の場所です。「下石釜(原文も同じ)より半里奥に有り」と有りますが、上石釜より半里奥なんですよね。飯場と板場などの間違いと思われる地名もありますので、滝の名前が「からん」なので良しとしておきましょう。

8.西村 早良郡。下に小淵あり。
西村は現在の早良区大字西を指していると思われます。こちらが坊主ヶ滝かな?でも坊主ヶ滝は石釜村と西村の境界にあります。滝へのルートを考えると石釜村になりそうです・・・?坊主ヶ滝の別名を調べると不動の滝・通天滝・紅葉の滝が有りますが・・・?
もう一つの候補が広滝沢の滝群が西村には一致しますが、どうなのかな?

9.如意 怡土郡高磯村の枝村、如意輪観音堂の邊に在。
糸島市高祖にある如意輪山妙立寺を指しているようです。この寺には動響滝(とどろきのたき)があるようです。
ここの滝は名前が分からずに竜神の滝として紹介していましたが、動響滝だったんですね。

10.井原山鮎返 怡土郡。是は懸泉にはあらず。急流なり。長八間許。下に深淵あり。
これは野河内渓谷鮎返りの滝でしょうか。
と思いましたが後に出てくる童滝と兄滝を調べてみると、童滝と兄滝が野河内渓谷で「井原山鮎返」は別の谷と思われます。そうすると滝を持つ谷は洗谷ということになりそうですが・・・?
本書の「井原山」を見てみると、「井原村より北六町下流に、大なる瀧有。此瀧は大石唯一にて水の流るる所は、熊と堀うがてるがごとし。」とありますので、瑞梅寺ダムに沈んだと思われます。

11.だるめき 怡土郡井原山にあり。
これは井原山を源流とするダルメキ谷の滝と思われますので、アンノ滝でしょうか。

まだまだ続きますが、とりあえずここまでの滝までとします。この後はボチボチと追加していきます。


12.兄瀧 怡土郡飯場の奥にあり。高十間許。
13.童(わらは)滝 怡土郡。高六間許。
この12・13は野河内渓谷の上流部にある滝を滝を指していると思われます。霧吹滝・子滝・親滝のいずれかを指しているのでしょうか。
本書では童滝の場所を「同郡」と書かれていますが、原文では「同上」と書かれていますので、童滝は兄滝の上流に在るという事でしょう。しかし「井原山鮎返」との間に「だるめき」が記載されているという事は、どちらかが野河内渓谷の滝では無いという事です。
もう少し調べてみましょう。

14.筒瀧 怡土郡雷山。岩をつたひ下る事百餘間。
雷山の滝とすれば、不動滝・清賀の滝が有りますが「百餘間」とすると不動滝ではないかと思われます。しかし筒瀧という滝は聞いた事がありません。
本書の巻之二十八には「筒の瀧とて、雷山の西の山谷より北に向て流るる瀧あり。谷水の落口は猶高山の上なり。其所に長く大なる石の樋を一つ埋て、谷水を其内より流し、其流下る水即筒の瀧なり。樋の上には城の門を立しと云。石の樋は残りて今にあり。・・・・・瀧の流れ美景ならずといへ共、かかる長く高き瀧は、他邦においていまだ見ず。・・・・其水は長野村、本村、神有、加布里をへて海に入、・・・・」と書かれていますので不動池下流の不動の滝群と思われます。また雷山神籠石を調べてみると、ここに在った古城を「筒城」と呼んでいたとも有りますので、間違いないと思いますが・・・?もう一つの候補が雷山山頂近くにある滝マーク(仮称:奥之院の滝)ですが、こちらは下流域の村が違ってきます。

15.横瀧 御笠郡宰府村の枝村横岳にあり。
原文では「横嶽」と記載されています。

16.竜王 御笠郡武藏村武藏寺の側にあり。
筑紫野市にる武蔵寺の紫藤の滝と思われます。

17.御手水 御笠郡山家村の枝村東小田にあり。
検索すると滝の写真を見る事ができますが、書かれている場所に行く道が分かりません。
「国道200号線をJR筑前山家駅から冷水峠方向に進み、山家川にかかる浦の下橋を渡った所で右折して山道を東へ約700m進んだ所」とありますが、林道?を進むと別荘みたいな所に到着して終点でした。

18.鼓滝 上坐郡鼓村。
村中に有る滝と思われますが、見つかりません。同書の鼓村の項では「鼓の瀧とてあり。此瀑(たき)ある故に村の名とする。」と書かれています。鼓の瀧のことをあえて「瀑」と書かれていますので渓流瀑のようなものかもしれません。

19.花園 上坐郡花園山にあり。高さ三間許。よき瀧なり。下に小淵あり。
これは花園の滝でしょう。鼓の滝と同じものかと思っていましたが同書に「鼓の瀧とは別也。」と書かれています。

20.陰竹 上坐郡赤谷村にあり。高さ四五間。
探しに行きたいけど、今回の豪雨被害で行けません。

21.岩瀧 嘉摩郡中u村にあり。小流なり。高七間許。岩間より下る。
中u村は現在の嘉麻市中益でしょう。ここには滝の観世音円通寺があります。
筑前国風土記には「中u村の山の側(かたはら)高き所にあり。 岩間より小流下る。 其水流七間許あり。 其水の流れ来る岩は、高十間許、横二十間ほどの大岩也。 一石にして分れず。 岩泉飛瀑のありさまいとめずらし。 恨うらむる所は水流の微小なるのみ。 雨後水の増れるとき見るによし。」と記されています。


22.花廻(はなまはり) 穂波郡内住村の境内にあり。小瀑三あり。其一は、どうめきといふ。
飯塚市内住の地図を見てみると3ヶ所の大山祇神社が有ります。このいずれかに有るのかな?
神社を調べてみると、嘉穂郡大分村大字内住字花廻に山神社があるとの事ですが、この地名で調べても場所が特定できません。
滝の姿からすると内住峡の連瀑とその奥に在る滝を「どうめき」としたらピッタリなんですけど。
地図を見ていると、この頃見て来た新大野橋の滝(仮称)がぴったりすることが分かりました、三段の滝です。「其一は」を「その一つは」と呼べば中段の滝を「どうめき」と言うのにぴったりです。

23.馬落(むまおち) 穂波郡八木山村。高四十間許。大石のあつまりたる間をくぐり流る。つづきたる瀧にあらず。
最初は馬口の滝かと思いましたが違います。八木山渓流の滝群と思われますが、その高さから別滝のようです。

24.太禮 宗像郡太禮村。高二間ばかり。
多禮という地名は見つかりますが太禮は見つかりません。同じなのかな?

25.脇田 鞍手郡脇田の西數町にあり。頗よし。犬啼山にゆく道にちかし。道よりは見えず。
これは犬鳴川に有る観音滝でしょう。

本書で紹介されていない筑前国の名瀑といわれる滝が幾つかありますが、本書が書かれた時は知られていなかったのでしょうか?それとの滝と特定を間違ったかな?
糸島市 白糸の滝・千寿院の滝・鳴滝
飯塚市 白糸の滝
福岡市 「8.西村」を坊主ヶ滝としましたが、確定できません。


http://sasurai-bito.at.webry.info/201305/article_4.html





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